脂質異常症が脳の健康を脅かす――健康診断でコレステロールが高いと言われたら
こんにちは。亀戸脳神経・脊髄クリニック~あたま・くび・腰~の院長、脳神経外科医の田宮です。
健康診断の結果を見て、「LDLコレステロールが高いですね」「中性脂肪が多いですね」と言われたことはありませんか?
そのとき、「まあ、今すぐ何かしなくてもいいか」と思ってしまう方も少なくないと思います。
しかし、この“脂質の異常”を放っておくと、脳卒中(脳梗塞や脳出血)や認知症のリスクが高まることが、近年の研究でわかってきました。
今回は「脂質異常症」がなぜ脳に悪いのか、どのように対応していくべきか、当院での取り組みも含めてわかりやすくご紹介いたします。
そもそも脂質異常症とはなんでしょう?
血液中には、エネルギーとして使われる脂肪(脂質)が含まれています。その中でも代表的なものが:
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LDLコレステロール(悪玉コレステロール)
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HDLコレステロール(善玉コレステロール)
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中性脂肪(トリグリセライド)
脂質異常症とは、これらの値が基準から外れた状態を言います。以下が日本動脈硬化学会の基準です:
指標 | 異常とされる値 |
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LDLコレステロール | 140 mg/dL 以上 |
HDLコレステロール | 40 mg/dL 未満 |
中性脂肪 | 150 mg/dL 以上 |
このうちLDLコレステロールと中性脂肪が高い状態がもっとも脳卒中と関係しているといわれています。
なぜ脂質異常症が脳の病気と関係するの?
脂質が高い状態が長く続くと、血管の内側に脂肪がたまり、動脈硬化が進行します。
この動脈硬化が脳の血管に起きると:
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ラクナ梗塞(小さな脳梗塞)
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アテローム血栓性脳梗塞(血管が詰まる)
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一部の脳出血や認知症のリスク上昇
などの原因になります。
特にLDLコレステロールは、血管壁に入り込んでプラーク(脂肪のかたまり)を作り、やがてそれが破れて血の塊ができ、脳の血流を遮ってしまうのです(※1 Ference BA, 2017)。
どの値から治療すべき?放置していいレベルとは?
健康診断でLDLコレステロールが140mg/dLを超えている場合や、中性脂肪が150mg/dL以上なら、すでに脂質異常症とされます。
特に、高血圧・糖尿病・喫煙歴・家族歴(親が心筋梗塞や脳卒中)などがある方は、より厳しく管理する必要があります。
「まだそんなに高くないから大丈夫」と考えていても、複数のリスク因子が重なると、5〜10年後の脳卒中リスクが倍増すると報告されています(※2 Yusuf S, 2020)。
まずは生活習慣の見直しから
薬を始める前に、まずできるのは生活習慣の改善です。
1. 食事
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揚げ物や脂身の多い肉を控える
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魚(特に青魚)、野菜、きのこ類を多くとる
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甘い飲み物、スナック菓子を減らす
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アルコールを控える
2. 運動
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1日30分程度のウォーキングや軽い運動を週3回以上
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階段を使う、駅まで歩くなどの工夫も効果的です
3. 体重管理
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BMIが25以上の方は、5%の体重減少だけでも脂質が改善します。例えば、体重90kgの方であれば 4.5kg減をダイエットでめざせばいいわけです。
正常値としてどこを目指す?
当院では以下のような目標値をお伝えしています(※高リスク患者はさらに低い目標):
指標 | 目標値 |
---|---|
LDLコレステロール | 120 mg/dL 未満(理想は100未満) |
中性脂肪 | 150 mg/dL 未満 |
HDLコレステロール | 40 mg/dL 以上(50以上が望ましい) |
当院での治療の流れ
脂質異常が疑われる方には、まず以下のような検査を行います:
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血液検査(脂質、肝機能、腎機能、HbA1cなど)
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頸動脈エコー検査:血管の詰まり具合やプラークの有無を調べます
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頭部MRI/MRA:脳梗塞の既往がないか、血管の細さを評価します
これらの結果を踏まえ、「薬が必要かどうか」を判断します。血液検査の値だけの問題で、ほかの検査で異常が ほぼない場合には厳密な数値コントロールをしないこともあります。
お薬の処方について
当院では、以下のような薬を症状に応じて使います:
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スタチン系(例:ロスバスタチン、アトルバスタチン)
→ LDLコレステロールを下げ、動脈硬化を防ぐ -
フィブラート系(例:ベザフィブラート)
→ 中性脂肪を下げ、HDLを上げる -
EPA製剤(例:エパデール、ロトリガ)
→ 血液をサラサラにし、炎症も抑える
「薬は一生飲まなきゃいけないの?」という質問をよく受けますが、生活習慣で改善が見込める場合は一時的な服用で済むこともあります。
逆に、脳梗塞の予防が必要な方は長期服用が推奨されます。
治療しないとどうなる?
脂質異常症を放置すると、以下のような病気のリスクが高まります:
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脳梗塞や心筋梗塞:血管が詰まって突然倒れる
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一部の脳出血:血管がもろくなって破れる
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認知症(血管性認知症):脳の血流が悪くなることで記憶力や判断力が低下
- 末梢循環不全(手足のしびれや冷感など):末梢の動脈硬化の進行により、手足の末梢に血液がいかなくなる
特に日本人は、小さな脳梗塞(ラクナ梗塞)を知らないうちに起こしていることがあり、放置された脂質異常が認知機能の低下につながることがわかってきています(※3 Debette S, 2019)。
最後に――健康診断の数値を見直そう
「まだ症状はないから」と思っているうちに、動脈硬化は静かに進行しています。
LDLコレステロールが高い、中性脂肪が高い――これは脳からの黄色信号です。
当院では、脂質異常症の段階からしっかり予防し、将来の脳卒中や認知症の発症を防ぐことを目標にしています。
気になる方は、まずは一度ご相談ください。
参考文献(PubMed)
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Ference BA, et al. Low-density lipoproteins cause atherosclerotic cardiovascular disease. 1. Evidence from genetic, epidemiologic, and clinical studies. Eur Heart J. 2017. PMID: 28329226
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Yusuf S, et al. Modifiable risk factors, cardiovascular disease, and mortality in 155,722 individuals from 21 high-income, middle-income, and low-income countries. Lancet. 2020. PMID: 32888493
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Debette S, et al. Clinical significance of magnetic resonance imaging markers of vascular brain injury: a systematic review and meta-analysis. JAMA Neurol. 2019. PMID: 31081844